なんやかんや言うてる間に9月が終わってしまいましたが、ちょっと時期遅れの朝顔、今日も咲きました。
時期遅れで何が悪い、咲きたいからさいてんねん。そんな言葉が聞こえてきそうです(聞こえてきません)。
人生の中のどこかで、この
「こうやりたいからこうやってるんですけど、なにか?」
というふてぶてしい態度を身につけることは重要な気がしていますが、
それだけはしてはいけない、
という教育を受けた人々にとっては、
なかなか大変なことです。
「こうしないといけないからこうする」
「こうしないとえらいことになるからこうする」
「こうしなかったらエライ目にあった、後悔後悔」
という気持ちを一旦 表沙汰にして 客観的に観察して、
そして最終的に 「こうやりたいからこうする」 に至るのが、
よい人生を歩むコツのような気がするのですが、どうでしょう。
自分もそうでしたが、「やりたいからやってます ドヤ」モードを装着するのには一手間二手間三手間四手間…と(番町皿屋敷?)かかります。
そんで、装着するしかない状況にも関わらず、そんな気が起きないときには、勝手に自分の体やいろんな出来事が、そちらに向かわせてくれるように思います。
(この「自分の体やいろんな出来事」の部分が、病気だったりショックな出来事だったりで、その時点ではロクでもない経験なのですけどね…)
でも、そんなロクでもない体験を、リサイクル精神?でとにかく利用しようともがいているうちに、何かが見えてきたりして、
最後の仕上げ的に、周りの人の何気ない一言が、踏ん切りをつけてくれるという構成のことが多いかな。
そうやって一山越えた人を見ると、キラキラして見える気が…します。
今日も今日とて、もやっとした具体性に欠く話を書いてしまいましたが、
誰かの何かのきっかけになれたらいいなと思って、今日を生きております。
とりあえずですね、朝顔の種は食べない方がいいです。
生薬名、牽牛子。