身体のいろんな症状が長々と出ているというのは、そもそも何かがうまくいっていないわけで、逆になんらかのアップデート、改変が必要なんかもしれません。
原因がわかっていればそれを対策するだけですが、理由がはっきりしていることは稀で、一体何をどうやったら対策できるのかよくわかりませんよね。
病弱な家族を持ち、昔から何故に人は不具合を起こすのかを地道に多方面に於いて研究してきましたが、長年よくわかりませんでした。
今現在、全てが分かったとは言いませんが、以前よりはわかってきました。
ざっくりまとめると、慢性的な問題があるってことは、生活や生き方やなんらかに、「アップデートが必要」ってことなんだと思います。
もちろん薬やいろんな治療法も助けになりますが、つきつめると養生、生き方そのものを、どこかしら変える必要があります。
特別な不具合を起こさず、そこそこに人生を切り抜ける人がいる一方で、あちらこちらに結構大掛かりな不具合が次々発生するってことは、なんかのアップデートが必要な状態であることを意味してるんですね。
そもそもの不具合はそのままで置いといて、とりあえず一時しのぎをするのもひとつですが、結局は不具合が不具合をよぶことはとめられなかったりするので、一難さってまた一難になりがちなふうに思います。
何を隠そう自分自身が、次から次へといろんなトラブルを抱え、その対策法を模索する半生だったので、つくづくそう思います。
アップデートの内容は、睡眠時間を確保することだったり、食事の方針を変えることだったり、身体に負荷がかからない生活を送るようにシステムを変えるってのが基本だったりします。それと、その『システム=やり方を変えること」に対する抵抗感と折り合うためのスキルを身につけることだったりもします。
意外とシンプルであることも多いですが、それゆえに「そんなの嫌」ともなりがちで、
そのあたりが人間の心理の面白いところでもあります。
最近は、「人生の、物心ついた時にはそうなっていた初期設定を把握して、設定し直したほうがよい部分は適宜やりかえる」ことで、生き方生活の仕方がアップデートされて、「人生の残りは自分にとって楽でやりやすい設定で生きる」のが、「健康で幸せな人生」の基本なんだろうなと思います。
まずは「なにがわかってないかをわかること」を推し進め、
(推し進めるにあたって、いろんな治療法が助けになります)
さらには「わかっちゃいるけどやめられない」対策を、押してダメなら引いてみな作戦で粛々と淡々とやるのが肝要かなあと思っています。
でもまあ、「自分が健康で幸せ」より大事なものがある場合もありますから、一概には言えませんが。
読んでくださっている方によりけりなところがあるので、できるだけ一般的に書こうとしたら、非常に抽象的になりました。
でも最終的には「真実はシンプル」ってやつではないかなと、ただいま考えております。
これまたアップデートされてしまって、「ちゃうかった!」ってなるかもしれませんけど!