いつぶりか思い出せないぐらい久し振りに京都タワーに登りました。
昔は親子連れで賑わっているイメージでしたが、今は当然、日本語よりも外国語が多く聞こえてくるような場所になっていました。旅先で高いところに登って初めての街の概観を見るも好きですが、普段歩き回っている街を、耳からは異国情緒を感じつつ見下ろすのもとても楽しかったです。
例の如くここから突然話が飛躍しますが、
普段と違う視点、さらには今までずっと「こうだ」と思っていた視点を変えてみるのは、人生において大事であることを年々痛感しております。
皆様はどうでしょうか。
私は小学校の時に少しだけ習字を習っていましたが、もともと左利きということもあってか、思うように腕が動かない運動障害的な要素もあったのか、
まあとにかく、ろくに上達せず昇級せず、シケた感じでやめました。
とめ・はね・はらい、どれも思うように書けたことなかった気がするし、飾っておきたいぐらい上手く書けたこともなかったですねえ…
今もお祝儀袋と芳名帳に向き合うとびくっとします笑
そんなですが、最近ちょっと良い筆ペンを買って、勉強がてら誰にも見せない学習ノートに文字を書いています。これがすごく楽しくて、ボールペンで書くより漢字に関しては楽しく書けるのです。
そういえば昔万年筆を愛用していた時も、楽しく字を書いていました。筆記用具によって、楽しさって変わるんですね。
今もお世辞にも達筆では言えませんが、字を書くのが楽しかった頃を思い出しています。
なぜ字を書くのが楽しかったのかなとさらに思い出してみると、小学校の頃イラスト付き、由来付きの楽しい漢字辞典にどハマりしていた時期があって、当時は字が絵のように見えてお友達感覚だったんですよね。
当時から変なものにばかり興味を持つ変な小学生で、周囲の人とは概ね話が合いませんでしたが、今の漢字マイブームはその頃の趣味を復活させているのかもしれないです。
誰にもわかってもらえない、いいと言ってもらえない、昇級しない賞もとれないものに価値はないと暗黙に言われていた小学生の頃の自分がいて、故に習字とか字を書くことを何十年となんとなく避けていたのですが、そして今も良く良くノートをみると決して達筆ではないのですが、謎にページを字だらけにして楽しんでいます。(ちなみにこのノートは子供が買ったはいいけど不要になった、ただの学習ノートです)
ひとつでも長年の思い込みを変えると、生きててよかったな感が出ますね。
街中で暑すぎて倒れそうだったので立ち寄った文房具屋さんで、ふと気が向いて買った筆ペンでこんなに楽しめるとは思いませんでした。
ふとした出会いと、ちょっとした思い込みの路線変更。
なんんとなく思い立って立ち寄った京都タワーからの街の眺め。
面白い人生はこういうので構成されているんではないかなと思うのです。